「楽しい」から「学ぶ」力がみにつく

勉強を楽しむ

勉強を楽しむいま、テレビでオリンピックで活躍した選手の特集を多く放送されていますが、
そのなかで、金メダルをとった体操の内村航平選手の特集をしていました。
お父さんが経営する体操教室で、トランポリンを導入してから、
内村選手の子供のころの遊びは、トランポリンだったというのです。

トランポリンでは床ではできないような難度のたかい技を毎日楽しんで練習できるので、
のめり込むようにトランポリンをやりつづけたそうです。
その結果、空中にいながらにして自分の位置がすぐに把握できたり、
回転の速度とか、どの位置で回転にブレーキをかければ
着地が成功するのかが瞬時にわかる技を自然と取得したそうです。

これは、多くの科学者での実験結果からも証明されていました。
また、オリンピックでメダルをとった選手の演技をビデオが擦り切れるまでみるうちに、
自分自身で一度もやったことがないのに、
あたかも自分で演技をしているようなイメージをもてるようにもなったとか。

そこまでいくまでには、体操に夢中になるとか、楽しくてたまらないから続けるとかそれが、
いつしか自分だったらどうやるのか、もっと体操がうまくなるにはどうすればいいのかに
つながり、いつしか日本のチャンピオンになっていったという話を放送されていました。
これこそが情操教育だと思います。

楽しいが原動力

楽しくて、夢中になっていく経験がいつしか、自分の感性をみがき
自分で考えて演技をしていくようになったのです。
それはだれが教えることではなくて、自分でつくりあげていったということがすごいところですし、
体操でだれにも解釈できないほどの領域になっていった証なのだと思います。

心から楽しむとか、夢中になって何かをやる経験など、
いまの教育は、それをやらせていないことが大きいのではないでしょうか。
情操教育としていいに決まっているということだけを思いこみでやらせてしまうけれど、
それは、経験だけが積み重なって「楽しみ」を置き去りにしていることも多いです。
この内村選手の経験をみても、いかに、夢中になること、
楽しむことが大切か分かる気がします。

すべての人が内村選手にように、うちこむなにかを持っていることはないのですが、
たとえば、ペットを飼うということでも、損得を考えて飼うということでなくて素直に一緒にいて、
かわいいからとか、楽しいからということを思って飼っていたら、
きっとそこからなにか見つかるものがあるかもしれないですね。

そして、それには、世話はしっかりと子供に任せるということ、
中途半端に親が手を出さないということも言えるのではないでしょうか。
信じて任せてみることも、子供の心を育てるためにも必要なことだと思います。
ずっとまかせてペットを飼っていくことで、
ペットもいつも同じではないこと体調がいいとき悪いときがあるということ、
そしていつか年をとってやがて死ぬということもわかっていくのだと思います。
それこそが、ほんとうに自分の手で飼うということなのだと思います。

コメントは受け付けていません。