ペットがいないと心が癒されないのか?

ペットと心の関係

朝、ウォーキングをしているのですがそのときに、犬を散歩している人に数多く見かけます。
散歩を通じて、自分も健康になれると、犬も運動できるということで日課にされているのですよね、とてもいいことだと思います。
それを観察していると、だいたい同じ時刻にみなさん散歩させているようで、
自然と犬友達ができているようです。
犬がいることによって、ご近所だけでなく、少し離れたかたとか普通に暮らしていたら知りあわない人と知り合えるチャンスが広がっていくのはとてもいいことだと思います。
我が家は、犬や猫を飼うことができません。
それは、次男はひどい動物アレルギーだからです。
はじめは、まったくそれが分からず、犬を飼おうとしていました。
ただ、なんとなく、アレルギーがあるのではないかという予感がしていたので病院にいって、血液検査までやったのです。
もしペットを飼ってしまって体調がくずれることがあったとしても簡単にペットを捨てることなどできないので、飼う前に、検査をしたほうがいいと思ったのです。
結果は、やはり動物アレルギーでした。
医師からは、血液検査ででるほどのアレルギーなので、飼わないようが無難だということを言われました。
そのときは、すごく残念だったのですが、いまでは飼わないほうがいいと思っていますし、
今後も飼う予定はないです。
それは、家族の中でも充分わかっていることなのですが、ペットを飼っている人と時々話したりすると必ず、犬や猫飼いたいと思わない?と聞かれることがあります。
渋々、息子がアレルギーだから飼えないというと、かわいそうだねと言われます。
ちなみに、息子は甲殻アレルギーでもあるので、「カニ」料理も食べられないのですが、
そのことを話すと、人生を損していると言われることがあるのです。

考え方と捉え方

ペットを飼えないこと、カニを食べられないことが人生に置いて不幸なのでしょうか?
ちょっとおおげさというか、バカげているなと思います。
そのときは、たしかにかわいそうかもと口調をあわせますが、内心大きなお世話だと心の中で言っています。
ペットを飼えないこと、カニが食べられないことは、人生にとってそんな大きな意味はないのではないでしょうか。
それができなくても、それに変わるものはいくらでもできると思っているからです。
逆にいくと、ペットを飼っているのが、なにか特別によいことをしているという上から目線的に言われるのがちょっとうっとうしいと感じることが多いです。
情操教育とは、ペットを飼うことだけで生まれることでなく、部活とか運動に夢中になるとか、身の回りの昆虫に夢中になるとか、なんでも楽しみながら自分の
楽しみの中で、自然と身についていくものでしょう。
ですから、自分が納得してペットを飼わないとしてもそれは、かわいそうなことではなくてむしろ、当然のことなわけで、不幸なことではないのです。
ペットを飼っていて、ペットを溺愛している人は、ペットがいない生活など考えられなくなっているのでしょうが、それがすべてではないということを理解してほしいと思います。

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