楽しいと感じることが情操教育

ペットがいることを楽しむ

情操教育ってどういうことでしょう。
「情操教育」とは「感性を磨き、創造力を育むこと」であると考えられています。
「創造力」育てていくということは楽しくて熱中できることがあることが一番大切な
要素と考えられるのです。
その中ですごいとか、自分だったらこうしてみようなどと感じる心を育て
知らず知らずのうちに感性が磨かれるのです。

ここで重要なのは、「楽しい」と子供が心から思っているということです。
親が勝手に、楽しいと思っているはずということでは、だめなのです。
その結果、感性と創造力を鍛えていくことが、情操教育ひいては知財教育といえるのです。
子供がうまれると、親はだれでも、自分の子供にいろいろなものに興味をもつ子に
なってほしいと願います。
はじめこそ、元気に育ってくれればいいと思っていたはずなのに、どうせだったら
頭のいい子にそだってほしいとか、頭がよければ、将来よい大学には入れるかも
しれないとか、もっと極端にいえば、いい会社にはいって、
経済的にも恵まれた生活をしてほしいと思うものです。
そういう気持ちがつよければ強いほど、小さい頃から、あの教育をうけさせてみようとか
小学校に入ったら、この習い事をしてみようということになります。
それは、本人が「楽しい」と感じるということを置き去りしてこれを習わせておけば
将来きっと役立つに違いないと思いこんでしまうのです。
「楽しい」経験が、子どもにとって一番必要なことなのに、一番肝心な部分を
わすれがちになることはどの親でもあることかもしれないですね。
いつのまにか、お稽古ごとで1週間がうまってしまっていて楽しみながら学ぶことが
なくなってくる子供がふえているような気がします。

そして、親も習い事をさせているということで満足をさせていて、
「楽しい」経験をさせるということをおろそかにしてしまうのです。
そして、ペットを飼うということも、
お稽古ごとのひとつのような役割で飼っている親もいます。

子供の情操教育

犬や猫をかっていると、子供の情操教育にいいに違いないと
思いこんでいる親もいるような感じがします。
そのために、犬や猫はかわいいけれど、心の底から、家族の一員として
かわいがったり一緒にいて、楽しいとか、死んでしまうと考えるだけで悲しいほどの
感情もなく飼っているかたもいるというのが現実のようです。

もちろん、飼っているなかで犬や猫がたいせつという気持ちになればそれは
いい経験ですが、習い事が忙しくて、犬や猫を可愛がる時間がすくなくなっているとしたら、
それは本末転倒のような気がするのです。

最近は、心から「楽しい」と思ってなにかをやっている子供が少なくなっていると聞きます。
それは、子供の責任ではなくて、親の責任だと思います。
子供が「楽しい」と思っていることも、それは将来役に立たないとおもって
やめさせていることもあるかもしれないと思うのです。

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