情操教育はどういうこと?

情操教育とは

にわとり年代は老若男女さまざまな人が、犬や猫を飼っていますが小さなお子さんのいるご家庭の場合は、「子供がペットを飼いたいと言ったから」という理由で飼い始めることが多いと言います。
そして親にとっては、それが子供の情操教育だと言います。
たしかに、犬や猫がいることによって、得られることはとても多いですね。それは認めるところです。

私が小学生のとき、夏休みになるとお当番制で
学校で飼っているウサギとかにわとりに餌をあげている人がいました。
餌だけでなく、きちんとお掃除をしたり、ときには一緒に遊んだりしてしていました。
そのときは、それが当たり前だと思っていたのです。

なぜならば、ウサギは、だれかが世話をしないと
生きていけない存在なのだとわかっていました。
ときには、面倒だという気持ちが起こることもありましたが、
もし飼育係の人がみんな行かなかったら、
ウサギはご飯を食べられないのだと思って通ったのを思い出しました。
でも今は、そういうことはやっていないそうです。
たしかに、学校にいっても動物は飼われていないようです。
むかしは、あんなにいたウサギも見かけなくなりました。

それは、先生もいつも学校にいるわけではないので、
そういうときに、生徒が学校にきて、何かあっても責任が取れないということらしいです。
なんでも、責任問題になるのが、怖いらしいですね、今は。
情操教育は学校でやるというよりも家庭で動物をかって、
育んでほしいということなのでしょう。
ただ、いまのペットを飼っている人のマナーを思えば
本当に情操教育に役だっているのか疑問に思うのです。

ペットを飼うことの責任

それは、「糞の始末」だけをとってみても、
あきらかにマナー違反をしている人がとても多いのです。
犬を散歩させている人をみるとみなさん、糞の処理のために、ポリ袋を持っている人もいます。
きちんと、処理する人もいれば、そのままなにもせず、知らん顔をして行ってしまう人もいます。

私の家は、道路に面しているのですが、ひどいものです。
家の門のところに、犬の糞が1週間に1度くらいは、放置されています。
なぜ、犬のいない我が家が他人の犬の糞を処理しなくてはならないのでしょう?
あまりにひどいので、「糞はさせないでください」と
立て看板をたてたのですがそれでも、関係ないですね。

道路を歩いていても、あちらこちらで、糞が落ちているのを見かけます。
またやたらと、無駄吠えをしても、知らん顔の飼い主も多いですし、
劣悪な環境の中でも放置状態で飼っている人もいます。
さらには、ペットというのは、ペットショップにいけば簡単に手にはいるもの、
さらに、引っ越しをしてどうしても飼えなくなったら保険所に
連れて行けば何とかしてくれるという勘違いしている人もいます。

これでは、情操教育とは到底いえないですね。
ですから、ペットを飼うことが必ずしも情操教育になるとは言えないと思うのです。
「ただ飼っているだけ」ではそれは育まれないのではないでしょうか?
愛情をたっぷりと注いだし、きちんとマナーを考えてきちんと飼育していく、
人間とともに生きていくということをしないと情操教育には程遠いのだと思います。
飼い方を間違えると、まったくせっかくのペットとの生活も台無しになりそうです。

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